山口・津和野旅行


ふだんはSLを使って運行されている「やまぐち号」が、2022~2024年ごろSLの不具合でDL:ディーゼル機関車で運転されていました。筆者は京都鉄道博物館の「スチーム号」、滋賀県の湖北を走っていた「SL北びわこ号」と、SLが牽引する列車には乗ったことがあるものの、ディーゼル機関車には乗ったことがなく、絶好のチャンスでした。

その後色々調べていくと、使用される機関車が普段車庫内で行き来する小ぶりな機関車を使うレアな運転を2日間だけ行うではありませんか。これは乗りに行くしかない。ただ、乗りに行くまでが一苦労でした。

きっぷを取る

時は2023年7月20日、「DLやまぐち号」に乗るちょうど1ヶ月前です。この日は平日だったのですが、たまたま休みでありきっぷを買いに行くこととなりました。せっかくならグリーン車に乗りたいと考えていますが、いかんせん席数が14席しかないので、乗ろうと思うと一工夫必要です。

JRのきっぷは、乗車日の1ヶ月前の午前10時に発売開始されることとなっています。今回のようなレアチケットは、全国からこの列車に乗りたいと思う鉄道マニアが近くのレアチケットを取ることに長けている駅に殺到し、我先にときっぷを確保するのです。(我々マニアはこの行事を10時打ちと呼んでいます。)ということで私もそれに参戦することにしました。

ただ私は10時打ち初心者、念には念をということでみどりの窓口がオープンする午前6時に大阪駅のみどりの窓口の列に並びました。この駅は当時10時打ち専用列が存在し、10時打ちが成功しやすいと言われていました。(現在は撤去)

それから4時間、時間はあっという間に過ぎ、時刻はあと15分で10時になろうというところ。係の人に乗る列車を伝え、いよいよ窓口に案内されます。列には「奥出雲おろち号」を取ろうという人と私の2人、「おろち号」も魅力的だな、今からでもそっちに変更しようかなとも思いつつ、その時を待ちます。

窓口ではきっぷを準備してくれるお姉さんと再度乗る列車、席番を伝えて待ちます。この時の10分ほど長いと感じた時間は、今までにありませんでした。駅じゅうに10時を知らせる時報が鳴り響き、ついにその瞬間。「あれっ」と呟くお姉さんの声に不安がよぎるも、「取れましたよ」の一言。どうやら隣のおろちの方も取れたようです。

購入手続きをして数分後に券売機で空席状況を確認すると、案の定満席。「プラチナチケットを掴んだ」という高揚感の中、帰路につきます。

新山口へ

いよいよ旅行の日が来ました。道中の広島にはあまり縁がなく、ついでに行くことにしました。ついでに宮島に錦帯橋を見ておこうということで、安定の「ひかり591号」で広島まで向かうことに。これが噂に聞いていた紙屋町(広島の中心地)かと、朝8時の寝静まった繁華街とビル群を散策し、一路宮島へ。

宮島には明治の時代まで行われていた神仏習合の名残として、神社と寺院がすぐ近くに建設されているらしいと聞いていました。船から宮島を見ると仏教施設のようなものが。やけに新しいというか、富田林で見たことがあるようなと思いながら調べてみたら、案の定新興宗教の施設だったんですね。急いでいたこともあり、寺の方は見れずじまいでした。

岩国では錦帯橋と名物の黄色いガードレール(国体に合わせて塗ったみたいですね)を見て一泊し、岩徳線まわりでまずは徳山へ。日曜日でしたが地元の高校生が多く、どうやら図書館に向かっていたようです。(周南市立徳山図書館は、いわゆるTSUTAYA図書館である。)そんなTSUTAYA図書館を見学した後いよいよ新山口へ。道中、進行左側には美しい瀬戸内海とコンビナートの景色が広がり、写真フォルダにその景色が映されていきます。

DLやまぐち号

新山口につくやいなや「DLやまぐち号」の待つ1番のりばへ。岩徳線の乗り継ぎの関係で息をつく暇はなく一路津和野へ向かいます。

これがずっと乗りたいと思っていた「やまぐち号」のグリーン車か、と感動しつつ自分の席へ。この客車は昔の客車を再現した新しい客車で、このグリーン車はもちろん昔の1等車、かつては大臣といった限られた身分の人しか乗れないものの再現です。再現とはいえ、そんな雰囲気に、10時打ちで取れた喜びも相まって、深い感動を覚えました。

列車は山越えの手前まで差し掛かり、1回目の長時間停車です。6分の停車の間に、新山口で取れなかった写真を心ゆくまで撮ります。この停車時間の間に、SLであれば石炭をくべて峠越えの準備をするのですが、ディーゼルですからそのような準備もなく、機関士さんたちはただ発車時刻を待ちます。客と談笑し、束の間の休息を取っていました。

さて、グリーン車には当時の設備の再現として、展望デッキが備えてあります。客室とを隔てる扉を開けると、一面ガラス張りのソファが置かれた空間が。この部屋にいるだけでも開放感があって素晴らしいのですが、さらに外に続く扉を出ると、まるでベランダのような空間に出ることができます。昔はこの空間を利用して駅まで見送りに来た人に手を振っていたそうですが、現在では草に当たることができる場へと変化しています。線路脇にある草木に当たるとまあ痛いのですが、これも旅の思い出です。

汽車はあっという間に終点の津和野駅に着き、昼食をとった後後続の特急に乗って先を目指します。乗るのはJR西日本ご自慢のハイパー特急、187系。先ほどのやまぐち号では体感できないほどの速さと後ろに引っ張られる加速力を体感し、これはこれで素晴らしい。

スーパーおき、やくも号

益田を過ぎて日本海側に出ると、また美しい景色が窓の外に広がります。先ほどの太平洋と違い、荒々しく水しぶきを立てています。沿線の民家の屋根に見える石州瓦の特徴的な色も相まって、遠いところに来たものだと実感します。

そんなハイパー特急に3時間ほど揺られ、列車は出雲市へ。この列車はあと2時間ほどかけて鳥取まで向かいますが、ここで降りて目当ての列車に乗り換えです。

乗り換えの列車はこの旅1番の目的と行っても過言でない、381系の特急「やくも号」です。陰陽連絡の特急が電化されて40年、岡山と出雲の行き来は長らく国鉄最後の電車特急であるこの車両が使われていましたが、ついに新型に置き換えられることが決定されていました。「国鉄の匂い」を最後に堪能すべく、やくも号で帰ることとしたのです。

国鉄型特急といえど、車内はリニューアルされていて綺麗ですが、足回りは40年前のもの。曲線を高速で通過できる性能も相まって、車内は相当揺れ、「はくも」と揶揄されるほど。洗面所にはエチケット袋も用意されていました。

米子駅で乗り換え待ちを行って3分ほど遅れて発車。岡山駅での新幹線の乗り換えはJRで定められた時間より1分短いため、遅れて到着したら新幹線のきっぷは紙くずになります。これ以上遅れないことを祈りつつ、暗くなってトンネルか暗闇かももはやわからない車窓を眺めます。

車窓に光が再び差し込んできたと思えば倉敷駅、岡山で2番目の都市に到着です。相変わらず3分ほど遅れて到着し、いよいよ焦りだします。倉敷を過ぎて大きな建物と思えば川崎医大病院が一際目立ちます。

岡山に着いて早足で新幹線ホームに上がれば乗る新幹線はまだ到着していなかった模様。無事帰れることに安堵し、席につきました。夏の盛りに階段をダッシュして汗が滴る中、家路につきました。